人手不足時代の人材マネジメントにおける監督・采配論◆セイバーメトリクスに学ぶ

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経営者や中間管理職、人事部の仕事のうち、社員・スタッフ等の人材マネジメントは重要度が高い。とくに、人手不足の折は、既存の人員のパフォーマンスを最大化したい。

そのためには「適材適所」が必須だが、言うは易く行うは難し。そこで、最新のトレンドである「セイバーメトリクス」の考え方を取り入れた人材マネジメントを提案したい。

■ 弱小チームが強豪に大変身

セイバーメトリクスとはなにか? 野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法のことで、メジャーリーグではいまや常識だ。

アメリカのメジャーリーグ(MLB)は、野球もプロスポーツ、すなわち、ビジネスとして収益の最大化を目指している。そのため、マネジメントが重視される。

野球版ビッグデータの活用がセイバーメトリクスだ。1970年代からある考え方だが、2003年に出た『マネー・ボール』という本と映画化によって一気に有名になった。

『マネー・ボール』は弱小貧乏球団アスレチックスがGMビリー・ビーンの指揮下、セイバーメトリクスを用いて、強豪チームに変わっていくようすを描いた実話だ。

■ ビジネスに応用可能な野球論

このセイバーメトリクスは、日本の野球界でも遅ればせながら浸透してきており、一般向けの解説書として、『セイバーメトリクスの落とし穴』なる本も出版された。

この本は、MLBで活躍するダルビッシュ投手に助言したことでも知られる著者が日本のプロ野球界(NPB)をセイバーメトリクスの視点で分析、提言をおこなっている。

その内容は、とくに後半、そのまま「野球をたとえ話としたビジネス書」として読める。ここでは、『セイバーメトリクスの落とし穴』を参考書に話を進めていこう。

以下、同書からの引用は「第6章 監督・采配論」によっている。野球用語の部分は「営業」など適宜ビジネス用語に置き換えて読むといい。
※書籍データは文末に記載。

AI時代のデータ活用が社会やビジネスの古い常識を打ち壊す

まず、ことわっておくが、『セイバーメトリクスの落とし穴』というタイトルには、セイバーメトリクス偏重に警鐘を鳴らす意味がこめられている。

しかし、日本のビジネス界は、プロ野球も含め、まだセイバーメトリクス以前にとどまっている部分が多い。その改善に役立つ部分を拾ってみたい。

 

■ よいリーダーの条件

「日本の野球はあまりにも固定観念や先入観、形やイメージに支配されすぎている」

と冒頭で述べる著者は、これを「日本社会全体の縮図」とも言っている。

我々が最も大切だと感じたのは、「良い監督・采配の条件は」として述べられている以下の部分だ。セイバーメトリクス版適材適所の考え方」と言っていい。

「選手の調子や能力、相性、データ、第六感もフルにはたらかせて、場面や局面に応じて確率の高い判断を繰り返していき、大筋で正しい哲学を見せることである」

言葉にすると、あたりまえのようだが、調子や能力、相性……といったことがすべて、データに収れんしていくのがセイバーメトリクスだ。第六感も土台に経験値がある考える。

■ 酷使が戦力を低下させる

「野球は本質的に、代わりの選手を多く用意できるチームほど強い。身も蓋もないが、監督の采配云々よりも、まずは戦力を整えることが重要である」

マネジメントする立場にある人間は自身(=采配)の影響力を過信しないことだ。プロジェクトの成功のためには、なによりもまず、人材を集めることである。

とはいえ、人手不足など社会状況から、それがままならないこともあるだろう。

「戦力や資金に応じて割り切りや酷使、作戦などを駆使して相手との差を補うのだ」

ここで言う「酷使」とは大事な試合でエースを多用するようなことをさす。酷使には故障のリスクがつきまとうため、リーダーが自己保身のためにそれをするほどの下策はない。

戦力を最大化する人材マネジメント

リーダーに求められるのは、合理的な目標を立て、それを部下と共有することだ。そうすれば、部下も自然と大事な勝負どころ、踏ん張りどころがわかる。

その上で、目標まであと一歩となれば、社員は率先して無理をしてくれる。最初から無理な目標をかかげ、根性論をふりかざしても、人はついてこないし、成果も得られない。

■ 管理職の人事が組織を変える

「肝心なのは『やりたい野球』ではなく、『今ある戦力でどういう野球をするか』である。球場の特性や戦力の特徴を見て、最も効率的に勝利に繋がるような野球を構築する」

いい大人が不振を周囲や環境のせいにするくらいみっともないことはない。マイナス要因がわかっているのであれば、対策を講じるのが大人の行動だ。

その対策にも、レベルがある。野球の監督は現場の責任者だ。その上に、フロントと呼ばれる上層部がある。MLBでは、チーム編成を担うGMという役職が重視される。

会社の場合は、経営者や役員が人員配置の最終権限をもつ。現場のスタッフも大事だが、管理職にあてる人材をどうするかで、組織の強さはガラッと変わる。

■ 実績の過大評価に要注意

「監督などの指導者にも波があり、最盛期を迎えたら徐々に衰えていく。(中略)一度何かをを成し遂げたらその功績が過大評価され、延々と居座る傾向が強い」

日本では、この傾向が強く、たまたま世の中が好景気ののときに数字を上げた営業マンが管理職として、エラソーに往時の自慢話をくり返す姿があちこちで見られる。

「昨今はノウハウの蓄積が進み、経験や年齢のアドバンテージは小さくなってきている。正直、若い世代はかなり優秀なので、彼らに任せて次世代の指導者を育成していくべきだ」

といって、年長者を排除するのではない。

「アドバイザーとして若い監督を補佐したり、人脈を活かして戦力の補強を助けたりする役割が求められる」

指標があればシロウトでも最適なマネジメントができる

話を現場の監督たる管理職(リーダー)にもどして、社員やスタッフをどのように「采配」すれば、パフォーマンスを最大化できるか、セイバーメトリクス的に見ていこう。

じっさいの采配について考えるのに、野球の打順についてふれた部分を引用する。べつに野球にくわしくなくても理解できる内容だから、安心して欲しい。

■ 格にこだわる意識が機会損失を生む

「日本野球はあまりに形式にこだわるため、『誰を何番に置くか』から話が始まる」

ジャイアンツの4番、みたいな言い方を野球ファンなら聞いたことがあるがあるだろう。

「真っ先に出てくる花形が1番と3番、そして4番だ。この時、2番は地味な『繋ぎ役』となる。同じ上位打線でも、なぜか1番や3番よりは『格』が下がると捉えられるのだ」

この「格」という意識ほど、日本のビジネス界をむしばんでいるものはないだろう。なにをするにも、能力よりも「ここは○○さんに」とか「役職」が重視されてしまう。

じっさいに2番を繋ぎ役とし、送りバントをさせたりすることがいかに非効率で、得点機会を損失しているかという証明は『セイバーメトリクスの落とし穴』を参照して欲しい。

■ データが常識をくつがえす

では、どうすればいいのか。野球ではOPSという指標を使う。出塁率と長打率を足し合わせた値のことだ。意味がわからなくてもいいから、次に載せるルールを見て欲しい。

(1)長打率が最高の打者を3番に置く
(2)残りでOPSが最高の選手を4番に置く
(3)残りで出塁率が最高の2人を1、2番に置く(長打率が高い方を2番に置く)
(4)5番以降は残りをOPS順に並べる

どうだろう? 出塁率と長打率(とそれを合わせたOPS)というデータさえあれば、野球をわかってないシロウトでも打順が組めてしまうことは理解できるはずだ。

これがセイバーメトリクスのすごさなのだ。もちろん、現実には球団事情やもろもろの要素がからんでくるが、従来の「経験」や「常識」をくつがえす威力は伝わったはずだ。

正しい評価こそが社員のモチベーション・アップのカギ

セイバーメトリクスはもともと、選手を正しく評価しようということに端を発している。だれがどれだけ勝利に貢献しているか、きちんと見極めようということだ。

野球のバッターは伝統的に、打率・打点・本塁打の3つが注目される。しかし、これらの指標は、選手個人の能力だけによらない要素が多く含まれている。

■ やさしく公平なデータ活用を

簡単な例を挙げると、本塁打数は本拠地の球場の広さの影響を受けるし、打順や前を打つ選手の調子によっても、本数が変わってくることがわかっている。

会社員、とくに営業職はビジネスの実例をいくらでも思いつくはずだ。営業成績ひとつとっても、担当するエリアがどこかによって、有利不利があるなどザラだろう。

「オレは数字しか見ないから」と宣言する管理職がときおりいるが、セイバーメトリクス的視点のない単純比較が関の山だ。その数字で成果を最大化するのが自分の役目なのに。

データ重視というと、なにやらドライな印象を受けるが、それは使い方しだいだ。部下や社員に対して、「やさしい」「公平な」データ活用もあるんである。

■ 自社なりの最適な指標を見つけていく

スポーツの世界では、野球にかぎらず、選手起用におけるデータ活用はもはやあたりまえである。バレーボールなど、監督がタブレットを手に試合をしている。

ビジネスの場合は、個々の企業ごとの特殊要因が多く、スポーツほど一般化した指標はもちにくいかもしれない。それでも、自社なりの指標をもつことが大切だろう。

その指標は形式的なものにせず、社員たちが「公平」と感じるものを目指すべきだ。そうすることが結果的に、彼らのモチベーションを引き上げ、パフォーマンスを向上させる。

社員やスタッフの中には、「古い」「日本型」の企業体質が合う者もいるだろう。そういう人材をもうまく使っていくところにマネジメントの手腕が問われている。

**参考文献**

『セイバーメトリクスの落とし穴』 ⇒ 詳細

 お股ニキ(@omatacom) (光文社新書)