村上春樹の新刊『職業としての小説家』が9月10日、スイッチパブリッシングから出版された。雑誌連載をベースにした自伝的エッセイだ。ハウトゥ本的要素ももつので、ファン以外で、興味をもつ人もいるだろう。
この新刊には、もうひとつ話題があって、流通面でちょっと事件になっていいる。紀伊國屋書店が出版業界の常識を打ち破るようなことをやったのだ。その背景には、アマゾン(Amazon.co.jp)との闘いがある。
出版流通の慣例をやぶった紀伊國屋書店
平成の世になってからというもの、全国の書店がバタバタとつぶれている。俗に言われる「本離れ」という現象についてはあやしいという説もあるが、アマゾンをはじめとするネット書店にやられたことについては疑う余地がない。
この状況下で、有力書店はチェーン展開する各店舗を大型化し、付加価値を提供することで対抗しようとしてきた。
今回、最有力書店の紀伊國屋が新たな手を打ってきた。それが村上春樹の新刊の初版部数10万のうち、9万までを紀伊國屋書店が買い取るという流通方法の変更だ。
現在の出版流通は、メーカーである出版社と販売店である書店のあいだに問屋である取次が入る。例外もあるが、書店は客注以外は取次の配本システムに従う。書店は仕入れた本が一定期間売れなければ、返品できるという委託販売だ。
売れ筋の在庫を握った者の勝ち
これを出版社から直接買うことにすると、書店側には大きく2つのメリットがある。
(1)利益率のアップ
(2)在庫の確保
委託販売は書店側の目利き力を不問にする。売れ残るリスクがなくなるかわりに、売りたい冊数が手に入らない場合が出てくるという通常とは逆の意味の在庫リスクがある。モノ売る商売のもうけは、売れ筋の在庫をどれだけ確保できるかにかかっているからだ。
村上春樹の新刊のように売れるのがわかりきってる商品なら、買い取った方が書店は得である。紀伊國屋が9割もっていき、出版社が手元に残す分を差し引くと、ネット書店などに流れるのは数千部程度と見られている。
言ってみれば、紀伊國屋書店による買い占めなのだが、そういう批判にならないのは、フツーの本は初版が数千部程度だからだ。同程度の流通は確保されている。その上、紀伊國屋は他の書店に配本した。
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