目標規定文から論文を書きはじめるよう指示されることがある。我々は論文以外でも、目標規定文の有効活用を推奨したいが、ひとまず調査報告や原著論文での書き方を示す。
なお、「目標規定文」はロングセラー『理科系の作文技術』から出た造語(著者・木下是雄によるもの)だ。そちらを参照しつつ、例文とテンプレートの応用を解説する。
目標規定文とは
まず、目標規定文とはなにか。出典となった『理科系の作文技術』は「理科系」とあるが、理系にとどまらず、文系の作文にも大いに役立つ技術を紹介したミリオンセラーだ。
もはや古典と言える同書を代表するのが「目標規定文」という考え方(作文技術)である。著者は、目標規定文の意味するところを英語のシーセス(thesis)に近いと言う。
では、「シーセス」とはなにか。孫引きになるが引用しておこう。
主題に関してあることを主張し、または否定しようとする意思を明示した文。
(引用元:理科系の作文技術 | 目標規定文)
我々流の言い方をすれば、目標規定文(シーセス)は「要約」である。つまり、冒頭で、これから書こうとする文章を要約するところから書きはじめるということだ。
目標規定文の例(1)
一般的な文章論では、「テーマが大事」と言われることが多い。しかし、テーマというのは、抽象的な上に、使う人によって、ゆらぎの大きい用語である。
その点、これから書こうとする文章を書き手が明示(要約)する目標規定文は、ゆるぎない。じっさい、どういうものか、『理科系の作文技術』に出ている例文を見てみよう。
このレポートでは、ランダムな変動を考慮に入れても、1970年代にはいってからは春がくるのがおくれ、また春が寒くなりつつあることを示す。
(引用元:理科系の作文技術 | 目標規定文,P23)
地球温暖化対策が議論される昨今とは隔世の感がある例文だが、意味はわかるだろう。ポイントは、この一文(目標規定文)が論文の内容全体を示していることだ。
目標規定文は読者の判断材料となる
目標規定文の最大の役割は、それを読んだ読者が自分に関係のある文章がどうか判断する目安になるということだ。そういう内容なら、読みたい/読みたくないと一発でわかる。
原著論文では、内容の要約をつけるのが慣例になっている。目標規定文は、さらにそれを凝縮したもので、以下につづく文章を端的にまとめたものと言える。
目標規定文の例(2)
目標規定文から書きはじめる利点は、著者の言おうとしていることがなにか、頭に入れた上で読者が読み進めることができる点にある。ヘンな誤解をすることがない。
目標規定文の例をもうひとつ、『理科系の作文技術』から引用しておく。出てくる単語(専門用語)の意味がわからなくても、書き手の言いたいことはわかるはずだ。
この報告は、「いま最も有望なあき罐利用法は、あき罐を、銅鉱山でバクテリア・リーチングによって鉱水から銅を回収する際に必要な鉄スクラップとして使うことだ」と主張するために書く。
(引用元:理科系の作文技術 | 目標規定文,P23)
読者の側が専門家なら、専門用語を解説する必要はないし、出てくる用語がわからないようであれば、その読者には無縁の(少なくとも、事前の勉強がいる)文章ということだ。
目標規定文のテンプレート
それでは、文系の人でも応用できるよう、かみ砕いて、目標規定文を解説しよう。すでに引用した目標規定文の例をテンプレート化すると、こうなる。
「このレポートでは、(××を考慮に入れても)○○が△△であることを示す」
「この報告は『○○が△△である』と主張するために書く」
ならべてみると、ほぼいっしょであることがわかるだろう。あえて言えば、上のテンプレートは観察結果など事実を伝える面が強く、下のテンプレートは意見が強調される。
もとの例文を見ればわかるように、主題(春の寒冷化、あき罐の利用法)+切り口(1970年代、銅回収)で文章の方向性(書き手の意見)を明らかにしている。
目標規定文のテンプレート(2)
学術論文向けに、テンプレートとして使えるもう少し具体的な例文も示しておく。
くり返しになるが──
目標規定文とは、論文のイントロダクション(導入部)の最初の1~2文で、研究の目的や問題、仮説、調査対象、アプローチ方法などを簡潔かつ明確に述べたものだ。つまり、研究の焦点を明確にし、読者に研究の背景や目的を伝えるために重要な部分となる。
(例文A)医療分野の論文における目標規定文
「本研究の目的は、特定の治療法が特定の疾患の患者において有効であるかどうかを評価することである」
(例文B)社会科学分野の論文における目標規定文
「本研究の目的は、特定の社会現象についての理解を深めるために、定量的/定性的な方法を用いてデータを収集し、分析することである」
といったように述べられる。
目標規定文は、論文の骨格部分になるため、明確で簡潔な文章を心がけ、論文の方向性や目的を読者に明確に伝えなくてはならない。
目標規定文の活用方法
キミが目標規定文を書く際には、ここまで見てきた例文およびテンプレートを参考に、じっさいの内容にそった単語を入れていけば、それでいい。
もちろん、細部の言い回しは、自然な感じになるよう修正が必要なこともある。しかし、論文の場合は、多少ぎこちなくても、内容を正確にあらわしていることの方が大切だ。
目標規定文の応用例
目標規定文から文章をはじめるということは、「結論から書く」ということに等しい。文章の主題と方向性をできるだけ具体的に、ただし、一文でまとまる程度の分量で書く。
そうすることで、読者は文章を理解しやすくなるから、お堅い論文にかぎらず、次のような、くだけた内容であっても、存分に活用すればいい。
(作例1)
この文章では、「グラビア・アイドルの○○のバストが年間 5mmずつ大きくなっており、それにともなって、メディアでの露出も増えている」ことを示す。
(作例2)
このエッセイは、「貫地谷しほりのインスタグラムに登場することで、最も好感度を上げた友人は女優の佐藤めぐみである」と主張するために書く。
目標規定文は結論まで述べること
文章には、文体というものがある。文体は書き手の個性でもあるが、発表する媒体によって、ふさわしい表現を採用しよう。個人ブログに発表するものだと、こんな感じか。
(作例3)
貫地谷しほりのインスタ見てたら、佐藤めぐみのことをぜったい好きになるよね。そりゃ、わざわざ感じの悪い写真をアップすることはないだろうけど、それにしてもさ……
文体はどうあれ、文章には基本の型というものがある。目標規定文にかぎらず、型さえ覚えてしまえば、いくらでも応用がきく。反論を予測して先につぶす、というのも型だ。
目標規定文で言うと、小説じゃないんだから、結末を伏せるなんてことはしなくていい。目標規定文だけ読んで、全部読む必要がないと思う読者がいても、それでいいのだ。
【参考文献】
木下是雄『理科系の作文技術』
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